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━━「ハムレット温泉」を書こうと思ったきっかけは何ですか?

 元はと言えばきっかけは女性座員との雑談です。舞台って男の人が中心の話が多くて、特に「争い」     の物語では、ほとんどが争うのは男同士。女性はそれを見守ったり癒したりするばかりでつまらない。    だったら逆に「『争い』がテーマでありながら、戦っているのが女同士で、男がそれを見守ったり癒した    りする話があったら面白そうじゃない?」ってな話で盛り上がったんです。だから今回の「ハムレット温    泉」では、女性の登場人物はほぼ全員敵を持っていてるんですが、男の人はそれを調停してくれたり、    見守ってくれたり、癒してくれたり・・・一切戦わないんですよ。

━━なぜ「女同士の争い」の物語の舞台に大正時代を選んだんですか?
 
 大正時代は女性が自由になり始めた時代なんです。明治時代まで遡ると、女はただ耐え忍ぶもので、家を守るもの。自我を主張してはいけない時代だったんです。大正時代はそれが少しずつ変わり始めた時代なんです。また「平塚らいてう」や「市川房枝」が活躍していて、女性の権利を主張していくムーブメント始まった時代でもありました。いろんな意味で、女の人が活き活きしていた時代なんです。そんな時代に女同士の争いの話を展開させると、面白いものができるかもって思ったんです。

━━伊藤さんはシェイクスピアの「ハムレット」を好きだったんですか?

 正直いうと「ハムレット」はシェイクスピア作品の中でも、今回いろいろ調べるまで、あまり好きな方ではありませんでした。大学生時代に初めて脚本を読んだんですが、あまりピンと来なかったんです。読んでて一番辛かったのは、話のテンポが一定じゃない所。話の展開が遅すぎてついていけなかったり、速すぎてついていけなかったりするんです。

━━どうして今回の公演のストーリーに「ハムレット」を重ね合わせたんですか?

 「女同士の争い」に重ねるのは、「ハムレット」の煮え切らない感じが合うんじゃないかと思ったんです。余談ですが、日本人はハムレットが好きらしいです。モノの本によるとハムレットの逡巡する所、周囲の人々から影響を受ける所が日本人の体質に合うんじゃないかと。仇討ちの物語なのに、その意思は結構揺れ動くんです。すごく悩んで友達と相談してみたり、独り言を言ってみたり、なかなか先へ進めないんですよね、ハムレットって。

━━「ハムレット温泉」で特に思い入れが強い登場人物は?

 私をさんざん悩ませたのは入谷雄太かな。私と共通点の少ない人物なので、彼の行動パターンがなかなか描けないんですよ。彼は「男同士の争い」物語で言う所のヒロイン的な存在で、性格は極めて純粋。また考える前に動物的カンで動ける人。頑張ろうって思わずに頑張れる人。それって私と全く正反対なんです(笑)。とりあえず台詞は書いたけれども、雄太役の大沼さんと二人で作り上げてる感じです。大沼さんに「これ矛盾してないですか?」って指摘されてヒヤリとしたり、逆にああそうか!と思ったり。そういうやりとりを繰り返してきたおかげで、だいぶ立体的な雄太が出来上がってきました。

━━伊藤さん自身が重なる登場人物は?

 やっぱり豊かなあ。なんだか中学高校時代の私って、多分豊みたいな感じだったんじゃないかと思うんです。「この世界のヒロインは私」って人(笑)。こういうタイプって叩かれても多少の事ではへこたれないんです。自分を悲劇のヒロインに仕立てられるんで。「かわいそうな私、でも負けない!」って逃げられる(笑)。あるいは「あいつが悪いのよ!私の事ぜんぜん分かってない!」みたいに周りを悪者にする。自分を悲劇のヒロインと思い込むことで、辛い事も乗り切れちゃうんです。だから豊は私が書いた歴代のキャラクターの中で、一番書きやすかったと思いますよ(笑)。

━━今回の見所は?

 平成と大正の共通点とギャップを楽しんでもらいたいです。共通点が結構あるんですよ。大正って大きな戦争がなかったから、人々は平和を謳歌していて、ファッションや音楽や文学がとても発達したんです。都市部では軽ブルジョア層が増え、サラリーマンが出現したのも大正時代です。その一方でノイローゼも非常に多くて、いきなり手渡された自由に戸惑ってしまっていた人も多かったようです。恵まれているのに不幸な人が多かった。この点は現代にとても似通っていますよね。
この共通点とギャップの面白さを見せるために、出演者の人達には大正時代の事をいろいろと勉強してもらいました。白樺派の作品を読んでもらったり、大正時代に流行した西洋探偵小説「ホームズ」や「ルパン」を読んでもらったり。

━━「ハムレット温泉」を観た人に考えてもらいたい事はありますか?

 恵まれて何でも持っているのに不幸な人もいる。逆に何も持ってなくて、むしろ奪われる事が多くても、ちゃんと幸せな人もいる。その違いは何か・・・です。
私自身の答えは、まさにシェイクスピアの名言にある「世の中には幸も不幸もない。ただ、考え方でどうにもなるのだ」です。この名言は今回の脚本の中にも出てきます。人生で起きた出来事を、自分自身がどう感じて、どう行動するか。それによって幸せになるか、不幸になるかが決まっちゃうんです。観終わったお客様の頭に、この言葉がふっと浮かんだら幸いです。
伊藤さやか
『ハムレット温泉』
脚本・演出
 「脚本のネタは、常に10本以上あるんです」と語る伊藤。そんな彼女が『ハムレット温泉』という物語を思いついたのは、今回の公演計画がスタートして間もない昨年夏の事。10本以上あるというストックを差し置いて、いっきに書き上げた『ハムレット温泉』は、「新作中の新作です!」と、作品の出来具合に十分な手ごたえ感じているようだ。
 開演が迫る中、伊藤の『ハムレット温泉』に注ぐ想いを、一座員が訊いた。
脚本・演出インタビュー
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